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愛より重くて恋より軽い

たぶん三日坊主ならマシなほう

【閑話休題〜パンフから読み取る演出と脚本改訂】

ひまつぶし

 

私は舞台に物語を観に行ってるタイプなので、誰が脚本を書いたのか、その人は自分と趣味が合うのか合わないのか?っていうのがすごく気になるんだけど、夕陽伝の一件といいどうにもスタンスそのものが食い違ってる気がするんだよなーと思ってたら、パンフに近い話が上がってたので。

 

 

パンフ読んで、今までの夕陽伝のアレとか脚本表記のないソレとか諸々合わない理由がわかった気がした。今回は前回より脚本いい気がするな〜と思ったんだけど、たぶんベース脚本からの改編が言語センスのなさによって減点方式で転がっていくから、その度合いによって受ける印象の良し悪しが決まるんだ。

私は小説を読むように舞台を楽しむタイプなので、台詞とか物語が印象的であったり面白かったと感じない作品を好きにはならないし、それがどんなにいい芝居をする役者さんが数多く出ていたとしても好きには転じない。ここは単純に観客としての好みの違いとかスタンスの違いだから、観客目線で改編してるなら今まで通りああ趣味が合わないんだな〜で済むんだけど、夕陽伝のなにがダメだったかって、言葉にこだわりのない人が名義の出てる脚本家の戯曲に意図や意味を汲み取らずに手を加えた、ってことだったんだと思う。

いくらツイッターが140字とはいえ、ほんといつ見ても絶望的に言葉選び下手だしセンス皆無だし、まぁ人に読ませようっていう意図はないそうだし、言葉が商売道具の脚本家でもないからいっか〜って思ってたけど、そういう人が手を加えるということは評価されるべき作品としての脚本を殺してると思うし、殺してる自覚あるからこそ、ほとんど脚本家の名前が表に出てこないんだろうなと思った。

観客側も台詞とか物語にこだわらない、というかそれ以外のものを重視する人もいるから、私はこういう理由でこの人とは趣味が合わなくて好きじゃないんだ〜という言語化ができてスッキリ。ただ1つツッコみたいのは、光景に拘ってるならその光景が半分も伝わらないブルーシアターや紀伊國屋で公演やるの合ってないと思う。

箱を押さえる権限や事情は演出家とは別のところにあるのは分かるけど、ブルーシアターも紀伊國屋も初めてやる箱じゃないんだから、もう少し多方面からの見え方に考慮した光景作りした方がいいんじゃないかな……まぁ今更言って変わるようなお歳でもないだろうし、元々そういう柔軟さを持ち合わせてるタイプでもないと思うけど……こだわりと謳う仕事がお粗末なのはかなしいことだなあ。

 

それでも個人的には戦国編の方が好きですよあずみ٩( 'ω' )و 台本買うのどうしよっかなーと思ってるんだけど、趣味合わないの分かってるからなんでここ変えた!?って憤慨しそう( ◜◡◝ )というメモ。