愛より重くて恋より軽い

たぶん三日坊主ならマシなほう

『グランギニョル』感想まとめ

繭期のみなさんご機嫌麗しゅう。ネタバレ配慮のない感想まとめだよ。書いてる人は2015版が初見でD2版/LILIUM/二輪咲き/SPECTER見てるのでその辺りの配慮もないです。のちのち増える。

 

 

 

 

 

前半というか、匿ってるスーがダリの子を身ごもってるって噂になってる、という話が出た時点で、ああダリちゃんの子じゃないんだなと察しがついた。それでも、デリコの家名を疎むような発言や奔放さには、この人はウルの父親であったんだなぁと感じて、子どもって血筋よりも環境によって親に似てくるんだなって思ったりした。これがそんなに衝撃じゃなかったのは、グランギニョルがウルの出生の話だと聞いた瞬間からあらゆるパターンを想定してたからです。ちなみに一番しぬパターンは『実はダンピールではなかった』です。

ラファエロの場合は父親を反面教師にしたのかな……って思ったら、厳格な父親の振る舞いしてたようなので、なんかそれはそれでまた拗れる要素だなと思ったり………弟の前でだけ優しいというか、遊び心のある父親の姿知ったらしんどくない……?と長子の立場としては思うわけです。

ゲルハルトかわいすぎ問題。ラファエロとアンジェリコの場合、剣術に関してはラファエロが上手なんだけど、それ以外のことに関しては競い合う関係性というか、ラファエロだけが一方的優位ではないんだろうなぁと思ってたんだけど、ダリちゃんとゲルハルトはダリちゃん優位なんだろうなぁと感じた。ゲルハルトが劣ってるという話ではなく、多分この人めちゃくちゃ不器用なんだろうなって。物言いの感じとかアンジェリコ父親似なんだねぇ…と思うくらい似てるんだけど、どことなく幼さというか、拙さを感じる。かわいい。

とか思ってたらフラ家も子どもは環境によって親に似てくる事例だったんですけどね……マリアの性質が本編中であまり明かされないのでなんともですが、ダリちゃんとフリーダも、ゲルハルトとマリアも、貴族的な名家同士のお見合い結婚だったのかなという印象。出会いの形はどうであれ、夫婦になってから愛を育むというルートに乗ったデリコ家とそこに乗れなかったフラ家という意味で、お互いがお互いのifなんだろうなぁ。

今作のダリちゃんはとにかく器用そうだし、実際のところ劣勢になってもそれを感じさせない余裕を取り繕うことが出来るんだろうな、っていう感じがスーとのやりとりからも分かる。だからこそ、フリーダの前で不格好な様を見せて取り繕ってることが分かるように取り繕うのは、ダリちゃんなりに心を許してる相手への接し方なんだろうなぁ。この辺りは2015版のダリちゃんに通じるところだと思ってて、息子たちに伝わってるかどうかはさておき、お茶目してるのって動物でいうところのお腹見せてる感じに近いのかなというイメージ。

お互いが別ベクトルのツンデレ、という中の人のご意見は至極納得。「君は僕であり、僕は君なんだ」いう繭期即死台詞があるものの、実際のところダリちゃんとゲルハルトの関係性はソフィとウルの表裏if関係とイコールではなくて、ラファエロとアンジェリコの近似値if関係を足したハイブリッドって感じなんだよなぁ。それも、最初からハイブリッドだったわけではなく、そうなっていく過程が見られるのが本編かな、と思う。無意識下にあった同一視(ラファエロ/アンジェリコ)が幻想であったと理解し合った後に、意識的に表と裏の面としての同一視(ソフィ/ウル)を続けていく。

ダリちゃんが本気で動揺しているというか、取り繕いきれてないところってゲルハルトの原初信仰を知った時だけじゃないのかなと思っていて。ダリちゃんもまたゲルハルトに対して『君は僕であり、僕は君なんだ』と思っていたからこそ、同一視の枠から外れている事態に動揺したし、それがゲルハルトのみが抱える問題起因だったことが判明することでお互いが同じものではないと知る。ゲルハルトはその事実をダリちゃんより先に知っていたけれど、それでも同一視を止められなかったのは同じであろうとする努力値による補正の試みによるもの。この辺りは対ラファエロにアンジェリコが求めたものそのままかなという感じ。

ゲルハルトに貴族としての責任を説くこと、ダリの果たすべき行為を背負うこと。ラストの混乱下でお互いがお互いのためにしたことが、結果的に2人を表と裏という側面を分け合う同じものにしたんだろうなぁと。ゲルハルトは自身がダリと同じではないという事実を明かしたことを含めて折れた心のままに貴族然としてはいられなかった。ダリはフリーダを殺せなかったのではなく殺したくなかった(やろうと思えばやれた、と私は思ってる)からこそ、殺してしまえば精神的に二度と立ち上がることはできなかった。どちらが欠けても2人はこれまでのアイデンティティを保つことは出来なかっただろうと思うと、ラファエロとアンジェリコはこの儀式が成されなかった場合のifを歩くのかなと思ってしまい………コクーン(仮)ってもう仮題からして不穏しかないしこわい。

グランギニョル時点でのダリちゃん/ゲルハルトの関係性は息子世代に比べて終始穏やかだな〜という印象。伝家の宝刀デリコパンチに対して「ゲ〜ル〜ハ〜ル〜ト〜」ってうんにゃら波的なもので対抗するの可愛すぎでしょう(@東京楽)

ラストの「仕方ない、付き合ってやるよ」の返答に俯いて本当に嬉しそうに微笑むゲルハルトと分かってて覗き込むダリちゃん見てると、大号泣中に一瞬正気に戻っていちゃいちゃすんな( ◜◡◝ )ってなりますね。かわいい。

ダリちゃんの繭期返りっていつまで続いてるんだろう。普段から飄々としてることもあって、幻覚症状と多幸感の発露くらいしか表立っての変化がなかったので、まさかTRUMPの頃まではいかないだろうけど、本編以降もしばらく繭期状態続いてたのでは……?と思ったりしてしまいました。

2回目の観劇でTRUMPがクラウスだった話。なにを言ってるんだろう私。幻覚と現実の区別がついてない。いや、だってイメージシーン誰がやってるんだろう?と思ってオペラ覗き込んだらクラウスがいたんだよ。あらゆる感情のない顔で、ぼんやりと彷徨ってた焦点が合わないまま、口だけがうっそりと笑みを象って照明がふっ、と落ちたんだよ。虚ろとも無垢とも言い難い、『どちらか』断言できない幻覚を見た。ぼくたちのクランで最後に見た姿に近かったかもしれない。けど、あれはRアレンの髪型踏襲してたじゃない。今日の幻覚は違ったんだよ。Tクラウスの姿をしてたんだよ。(@8/2ソワレ)

 

 

 

 

 

以降は推しがウルだった身としてどうしても考えずにはいられない、理不尽だと分かっていながら言わずにはいられないことを言うところです。半ば呪詛。

 

 

 

親の立場から見たらそれは愛に他ならない願いであったかもしれないけれど、イニシアチブの重複における優位性が想いの強さである例を見せられている観客は真っ先にそれを想起するし、たとえあの子の結末が2つのイニシアチブと関わりがなかったとしても、もしかしたら、その願いの方が強かったなら、って考えちゃうじゃん。この純然たる願いは怨嗟の慟哭には勝てないんだと、初日のあの瞬間、真っ先にそう思った。

ウル、という名前に母が込めたのは愛であり、希望であったかもしれないけれど、それは後継者であり実子であるラファエロを失い、自身の願いが叶わなかったことを目の当たりにする、というダリ・デリコの残酷劇を綴る呪いを受け継いだんだよ。イニシアチブがあってもなくても、周囲に広がった悲劇はあの子を起因にしていて、それらはダリ・デリコに向けられていると捉えたら、母達の願いもまた、あの子にとっては生まれた瞬間から始まった残酷劇の一端なんだよ。あの子は自身の悲劇だけじゃなく、デリコ家の悲劇をも背負っていたんだよ。

結果論かもしれないけれど、あの子は、ウルは実父のイニシアチブと名前の持つ呪いを体現していたし、そんなあの子の人生はクラウスになにも影響をもたらさないんですよ。あの子にまつわる残酷劇は、生まれた瞬間から死ぬ瞬間まで、TRUMPの心には届かない。これを絶望と呼ばずなんと呼べばいいのか私には分からないよ。

言いたくないし理不尽なのは分かってるんだけど、回数を重ねれば重ねるほど、春林の存在をダリが知らなければイニシアチブによってあの願いを紡ぐこともなかったかもしれないのに、って思ってしまうんですよ。ダンピールでも繭期を越えられる事例。そんなもの知らなければ、負けるな、なんて口にしなかったかもしれないのに。相反するイニシアチブの命が、死ぬのがこわいと口にしたあの子を尚更苦しめたかもしれないのに。

 

推しのひとがしにかけるお芝居がとてもおじょうずなのがいけないと思うんですけど、劇中で赤子の泣き声がするたびに、私の脳裏にはブルーシアターの板の上で息も絶え絶えにのた打ち回るあの子が見えて、ただでさえこわくて見れない2015Tの円盤が一生見れない円盤にばけた。

それでもソフィの存在が、あの子にとって名前もイニシアチブも関係ないものだったと思いたくて、TRUMPとSPECTER見返したいんですけど当分むり。

『MOJO』感想まとめ


特に推しが出てるわけじゃないし好きじゃない役者もいるし当日引換券とったけどどうしようかな〜と迷ってたら、10年越しの確執を経て主演推しとなった友人から『倫理観のない話だよ!』と聞いて大喜びで観に行ったMOJO感想です。わーい倫理観のない話だいすき!ネタバレの配慮はないよ!

 

 

 

 

 

【6/25ソワレ】

海外の戯曲らしい、酒とタバコとクスリと女がバンバン出てくる話なんだけど、そういう古さとかクラブの話がクラブexという箱にめちゃくちゃ合ってた。正直演出は円形ステージであることを活かしきれてない節があったけど、この箱使うっていうのは会場ごと板の上の延長にするためなんだよね分かるよSLAZYもそうだったもん。

派手な話じゃないし、なにかが劇的に変わる話でもないんだけど、もしこの物語に何かがあるとしたらベイビーと呼ばれた人間が新しいスタートをするまでの話なんだと思う。しかもそれは今まで生きてきた人生を切り捨てることなく地続きの、明確な答えも未来もない真っ暗からのスタート。

血縁関係にありながら幼い彼を犯した父親との確執とか、父の右腕としてクラブで働くミッキーへの憧憬とか、若く才能があって父の寵愛を受けているジョニーへの嫉妬とか。ベイビーの周りには色んなことが渦巻いてるんだけど、他人のこれまでの人生とかその中でなにがあったとかって日常生活の中でそんな簡単に分かるものじゃない。そういう現実の対人コミュニケーションで得られるレベルの情報しかない中で客席はベイビーという人間に触れる。

彼が、マジョリティな親子関係のモデルケースであるように父親の背中を見て育っている背景や、その父親が自分ではない人間の方を向いてることへの嫉妬。そういう感情の気配を要所要所で感じるのに、次の瞬間にはシャボン玉みたいにぱちんと弾けて頭のイカれたベイビーになる。そこに彼という人間の美しさが凝縮されてる気がした。

パンフにも書いてある『朝目が覚めた時に〜』って話してる時の顔が、元々の綺麗な顔立ちが表す美しさではなく、触れると壊れてしまいそうな空洞化した器であることを感じさせる類の美しさを纏ってるんですよ。個人的には特筆するほど好きな顔というわけではないので、あれはほんとに純粋にお芝居の力だと思う。

クソみたいな過去があっても、彼にとって父親はどこまでいっても父親だし、愛してるからこそその寵愛がたとえマトモじゃなくても欲しくて仕方ないのかな、って一幕では感じた。だからこそミッキーに対抗心燃やすし、「ここは親父の店で、俺は親父の息子」ってラリってるように言うんだけど、そうやってなんでもない風に叫ぶのが彼の本音なんだと思った。

周囲はベイビーの頭がイカれてるから彼を腫れ物の子どもみたいに扱うけど、彼の見た目がジョニーのような子どもじゃないから父親はジョニーを寵愛してたし、彼の内面がドライブに連れて行かれた日のような子どもじゃないからジョニーを庇護する立場という新しいスタートが結末になったんだと思う。かつての自分を重ねるジョニーや、ありえたかもしれない自身のif未来のようなミッキーに嫉妬しながらも最後に選んだのが父親のように庇護する側に回ること、っていうのがこの脚本のすごいなって思うところなんだよね………ああいうエキセントリックじみた役ってどっちかに寄るでしょ普通……

事前に『哄笑がめっちゃ上手い』ってピンポイント情報聞いてたんだけどほんとに上手くて、あの無音の間を声だけで埋められる存在感が逆にここ以外に居場所がない、って言葉に説得力を持たせてることが凄まじかった。一つ一つの笑いに怒って、喜んで、悲しんで、楽しんで、っていう不安定さがあって、聞いてる方の心が不安になる。

ベイビー以外の登場人物は、全員が全員彼自身であって、クラブは彼の言う通り父親そのものなんだと思う。だからジョニーに問いかけた言葉も、スウィーツを詰る言葉も自分への言葉だし、ミッキーに憧れてそうなりたいから言葉を取り込むし、スキニーは鏡だからその鏡を壊してようやく彼は外に出る。

終盤からラストにかけて起こる周囲の混乱の外で鼻唄歌いながら歩き回ってるところとか、背中向けてるところとか、本人の感覚だけに収まりきらない『唯一の居場所での透明人間感』が一番怖かったかなぁ。皆まるで彼が見えてないみたいで、こんなに存在感があるのに、いないものみたいになってた。そういう意味では、場に入ってきた瞬間から居なくなった後もたとえ良くない意味でも皆の話題に上がり続けるスキニーは、ジョニーよりもミッキーよりもずっとずっと気に食わない存在だったんだろうな、って思う。ベイビーにとっての鏡であるスキニーを鏡だと思えてるうちは、彼が自分自身であるように感じることで許容してたのかな。

行動としては突発的で不可解さの方が勝つラストだけど、理由としてはそれまでのちょっかい出してたのとそう変わらないんじゃないかな、と思った。どんな過去や思想があったとしても、やっぱり彼はそういう境界も感じられないからひょいと越えられちゃうんだと思う。あの細くて長い脚で越えていく。

ベイビーの口から幼少期の回想として語られる牛の話は、カフェのため=生きるために命を奪うという行為を自分が過去に経験していること、それは父親が先導していたことだから正しいこと、っていう意味で自分の犯した罪を正当化する作業なのかなって思った。「俺がなんでベイビーなのか知ってる?」(うろ)ってセリフに、ああ父親にそう呼ばれて可愛がられてきたんだなって思ったら、もう本当にクソみたいな過去のことがあっても彼は父親を愛してるんだなって思えてしまって……彼にとっての父親は確かに万能の神の側面を持ってたのかな、って意味で解釈したかなあれは。

『ベイビー』ってほんとの名前じゃないんだよ。サムのような、生まれて付けられた時から呼ばれる名前はそうじゃない。でもあのクラブにいる限り彼は永遠にベイビーで、だからこそシルバー・ジョニーを『シルバー』と呼ぶためのジャケットを置いて出て行くことが、彼が『ベイビー』を置いていくことと同じなんだよ。あの光の中に消えた彼はもう誰にも『ベイビー』とは呼ばれない。

円形ステージの利点であり難点なんだけど、夜明けの空気を鼻で感じて、夜明けの光を眩しそうに受けた時の顔と、その光の中に父親が寵愛していたジョニーを連れて歩いていく表情を客席全員が見られないのあまりに無理すぎ。いや、だってあの表情ほんとにすごいんだよ………それまであの丸い板の上で「考えたんだ」「ちゃんとしようと思う」「親が半分にされて覚悟決めるやつなんてそういない」って言ってたことは全部軽かったのに、あの光へ向かっていく表情にはそれを全部感じられたんだよ。彼はあれからジョニーを連れてどこにいくんだろう。
父親になれない人間だからベイビー』って感想聞いてそれだ!!!!って。鏡であるスキニーが「いつか子どもが欲しいんだ」って繰り返してたことは意味ある言葉だと思ってたから、子どものベイビーは父親にはなれない、って意味合いだと解釈してたんだけど、そもそも父親になれない人間なんだ。そっか。私もやっぱり騙された一人だったんだ。あれは父親ごっこをする『ベイビー』だったんだなぁ。

 

いやほんとに久々にすごい芝居の上手い役者見たな、って感じた。10年前のアレコレを知らないわけじゃないし、むしろ詳細に知ってるからこそ頑なに嫌う人も面白く思わない人もいるだろうことは理解できる。けど私は、アーティストとしての経験を活かして上質な芝居をする役者として今回のTAKAHIROさんを評価します。めっちゃ良かった。最高だったありがとう。

だってお芝居が上手いどころの騒ぎじゃないんだもん………映像でのお芝居は経験があるとはいえ、普段舞台をフィールドにしてる役者が負けてていいの?って思うくらいあの舞台の中で存在感を消す存在感、というサイコーのお芝居見せてもらった。めっちゃ気持ちよかったです。

私は出演作だとハイローくらいしかまともに見てないんだけど、アーティストの、一番に目を惹くボーカルという職をやってる人らしく、立ってるだけで華があるし、お芝居の間の取り方とかテンポ感が天才のそれだった。今回のキャストでいうと了くんとかもそのタイプだと思ってるから、ベイビーとスウィーツのシーン最高だった。

もちろん、了くんとか波岡さんとか映像経験豊富な人が多かったこともお芝居が馴染んでたことによる勝因の一つかな、とは思うけど、あれだけ存在感があって華があって真ん中に立ってる姿がサマになるっていうのは役者としても大きな武器だなぁって思う。またこういう舞台で観られる機会があるといいな。

あと本職だから当たり前なんだけど、めちゃくちゃ歌が上手くて、この舞台は劇伴が皆だいすき和田さんにも関わらず極端に少ないんだけど効果としては最高だった。ジョニーがいるからジュークボックスがいらないように、ベイビーが歌うから劇伴はいらない。贅沢かよ説得力ありすぎだわ。

バカみたいな感想でいうと、あのセットにぶら下がりながら足合わせて鳴らすとこで「足が長い…」って思ってしまった( ◜◡◝ )上半身がっしりしてるのに下半身細くてなにあの生き物すごい!みたいな気分になったね。

元の脚本に準拠しているとはいえ、幼い顔立ちをしているけど年齢を重ねた男性であるTAKAHIROという役者をちゃんと正面から見据えた演出と脚本で良かったなと思った。なんか変にファンタジーじゃなかったことが、アーティストとしての一面とは別の一面としてのお芝居を見させてもらってるんだなって受け取れたし、元々この作品は上演当時、限りなく板の下の現実に広がる日常と地続きだったんだと推測できるから、そのテイストがしっかり存在した日本版になってたと思う。

 

 

 

 


【追記あれこれ】

スキニーもうちょっとどうにかなんないかなぁ。好きじゃない役者というのはあの人のことなんだけど、あの田舎訛りの役だと唯一の取り柄である滑舌も死んでて、本気でなに言ってるのか分かんなくてセリフ入ってこないことが多々あって。役柄としては無様で滑稽で間抜けなベイビーにとっての鏡、だから、そうあることは許容されるべきことで私の好き嫌いに由来するだけなのかもしれないし、板の上に映像寄りの芝居する人が多かったことが敗因かもしれないけど、純情伝〜熱海のセリフまくし立てるお芝居を嫌な感じに引きずってるなって思った。

ラストで人が撃たれて笑い声上がるのどうなの?みたいな話題出てたらしいんだけど。個人的にはたとえ無様で滑稽で間抜けな人間だとしても、凶器がオモチャみたいな音を立てる銃だとしても、撃たれれば人は死ぬんだよ、みたいな笑い声が上がること織り込み済みのブラックジョークなんだと解釈したかな。劇的な死が訪れるような人間はこの脚本の世界にはいないんだよ。

 

舞台装置としてのクラブexは最高だと思う。ほんとに。あの夜明けの光を扉の向こうの橙がかった照明で表現していた光景はほんとに美しかった。でもやっぱり座席数少ないし、あの表情を観られる人数が座席数からさらに限られてることは確かに演劇的だけどあまりにも惜しすぎる。

円形ステージの利点の一つって客席からの視点が一方向に定まらないことによる、現実的空間の表現/客席に背を向けるという概念がない、ということだと思う。それ自体は映像のお芝居に近いと思うし、現実との延長線に存在する作品の在り方に適してたと思うけど、もう少し要所要所の大事な表情が見えるようにしてほしかったかなぁ。これはちょっと贅沢なワガママ入ってる自覚あるけど、座席数少なすぎて別サイドからリピートするのも難しい状況なんですよ!!!!
→というわけで、これからMOJO観に行く人でこのお芝居気に入った人はアンケートにDVD出してくださいって書いてください。私は裏まで書いた。円盤で然るべき情報が観客全員に与えられてほしい。そういう欲を産む作品だと思った。

 

 

 

 

 

【7/1ソワレ】
まさかの2回目なので、今回は表情しっかり見よ〜と思ったら大変なことにばかり気付いてしまって最早初見とはかけ離れた感想を抱いてしまい、結局追記する羽目になるわけでした。

バルコニーから俯瞰で見てるということもあってか、ベイビーの感情の起伏に一貫性を見出すことができたような気がした。一貫性?というか一人の人間の複数の側面を見ているんだな、っていう感覚。クスリでラリってるからアップダウンが激しいのは前回ももちろんだったけど、ねずみ花火を見てるように規則性がなくて捉えるべき輪郭のなかった存在が、今回は万華鏡の中を覗いてるような気分だった。前後のテンションに繋がりがない感情の移り変わりは相変わらずなんだけど、一貫した視点からベイビーという人間の多面性を観察しているような印象。

ちらほら見かける感想にあった、最初からミッキーが父親殺しに加担していることを知っていた、と思って見ると、事実を掌握している唯一の人間であるからこそ周囲の理解を得られないという構図に見えてきて、そういう見方が余計にベイビーが得体の知れない未完成な『何か』ではなく、物語の主人公として映ったのかもしれない。

全体を通して受けた印象としては、誰かの真似事をすることで何者かになろうとして失敗しているように見受けられる。映画やクラブ再開の提案はクラブのオーナー/父親(血縁関係ではなく集団の長)を模倣しているけれど、どんなに口ではミッキーに対して文句を言っていても他3人がベイビーの提案に乗ってくることはないので成功しない。「俺、スパンコールって好きなんだ」という台詞にはお飾りの父親として据えられることを許容する従順な姿勢/子ども(父親に愛される集団の構成員)を模倣して見せているつもりだけれど、結局家であるクラブ/集団から追い出されてしまう。ラストシーンは劇中では模倣する場面のなかった対自分への父親を模倣しようとしてジョニーに優しく声をかけているように見えた。劇的な変化や変質を含まない、あくまで居場所探しの延長線としての父親ごっこ。

「これほんとに親父なの?」のところでベイビーが開けたゴミ箱の中、ほんとに中身が入ってた………のっぺらぼうの顔に、クセが強い巻き毛の白銀髪………
スウィーツとシドニーが賭けてた、正面向かって右が脚で左が頭、が逆。先に右を開けた時点でベイビーには頭が確認できて本当に親父だって分かってたのに、わざわざ左も開けて。しかもそっちの中身を注視してる時間の方が長いという。バルコニーからしか見えない光景だし、まさか入ってると思わなくて一人で飛び上がるほど震えた……たしか前回見たときも左の方が長く見てて(なのでてっきりスウィーツとシドニーの予想が合ってるんだと思ってた)そっちに執着の重点が置かれてるのかなって思ったり、そもそもそちらの変質によって親父の死というものが初めて認識できたのかな、とかとにかく色々考えてしまって、なんで見ちゃったかな!!!!!

前回は全景見てて気付かなかったんですけど、照明受けてても上向いてもハイライトが入らないあの目は一体なんなんでしょうか。一幕ずっーとあんな空っぽの目で口元だけニヤニヤ笑ってたの知らなかった。本人が意識してるらしいの(パンフ参照)ほんとに?って思ったものの、例の芝刈り機のくだりで納得。素というか、役が抜けかけると極端に瞬きの回数が増えて、そこでハイライトが明滅するの見てしまった。でもセリフ喋った瞬間にはハイライトオフになってる。なにあれすごい。

あと噂通り、痩せてたというかやつれてましたね。精神力使うモチーフの話ではあるけど、人間ってこんな短時間で目に見えて変わるものなの。そのかわりというかなんというか、骨格が内から輝いてた。やつれてることによって骨格に照明を受けてるのがすごくよく分かる肌の光り方をしていて、ちょうど目尻をくの字で囲むように反射してる照明がすっごい綺麗で、この人めちゃくちゃ頭蓋骨の形が綺麗なんだなぁ……って見惚れた瞬間が何度かあった。前回は正面から見ていてもガタイが良くて肌の色艶が良くて、いかついって言葉がぴったりだったけど、今回はあんまりそういう気がしなかった。あと、あの一連のジョニーへの詰問の内容って父親から言われたことなのかなってちょっと思った。成長してしまったことに対する詰り。

初見の時は空間認識がイマイチだったんだけど、一幕から二幕のセット転換って二階の控え室兼事務所→一階のフロアなんですね。今更だけどオープニングのジョニーの映像見て気付いた。あのブルーの色調自体はラストシーンの夜明けのオレンジを対比で強調するためのものなのかな、って思ってたけど、毎晩ジョニーが歌って踊っていたあの青いステージでベイビーが話したことや起こった出来事を反芻したらなんか凄い舞台環境だなって思ってしまった。クラブそのものを家/集団に見立てていたけど、厳密には二階だけがそれを示すのかもしれない。頭は一階、足は二階とか。この辺りあとで追記しよう。

ベイビーに限らず、全体的に台詞回しの緩急やテンポが変わっていて、元から完成度は高かったので演技プランが大きく転換された、とかいうよりはブラッシュアップという言葉が一番適切かなって感じた。千秋楽付近でもう一回くらい観たい……観たい…………DVDほしいのでアンケート書いてください……

 

 

 

 

 

【7/9ソワレ】
当券チャレンジ成功して3回目の観劇。推し出てないのになんで?って聞かれたけどそれは私が聞きたいです。この話が好きなんですよ!!!!!

みんなだいすき芝刈り機の話。あれなんて表現したらいいかな……マネージャーの顔を轢いた芝刈り機は普通の、というかなんか軽い感じの機械だったんだけど、親指を切断した芝刈り機はいつものチェーンソーみたいにエンジンかけるやつ、っていう使い分けしててもうなにがなんだか。とりあえずめちゃくちゃ面白かったです。椅子の背を掴んで口元覆って笑い堪えてる了くんが目をカッ!<●><●>って見開いて向かいのTAKAHIROさん凝視してて、ゲラの玉突き事故の原因これか!wwwwwってなりましたただでは死なない木村了尾上さんの芝刈り機終わったんだか終わってないんだか分かんなくて、一瞬時が止まったのもじわじわきた。

スウィーツがスキニーに食わせるケーキ手掴みになったよ、って聞いてどれだけの塊かと思ったらそんなに大きくなくて、でも明らかに咀嚼大変そうだったんだけどもしかしてあれ握り潰して圧縮してる……?了くんのそういう容赦がないところ好きです。

香水のくだり。ようやく真正面から見えたけど、あれ自分のシャツの匂い嗅いでうわ、って顔してつけてるんですね。スキニーに向かって執拗にタバコの煙吹きかけたりしてる一連の動きも初めて見えたけど、あそこって一睡もしないまま酒とクスリキメてるから作中で一番ハイなベイビーがいるんだろうな。

何度か出てくるベイビーへの「寝てないんだろう」がなにを指すのか考えてたんだけど、眠りについて朝起きた時にあの感覚に陥るのを怖がってる、ってことなのかなって思った。ベイビーはミッキーがロス側の人間であることに最初から気付いてる、で個人的には間違いないと思ってるから、今日は一幕でミッキーを煽ってる目にハイライトがしっかり入ってキラキラしてるのが凄い意地が悪くていいなって感じた。しかもそれが一幕のラストでオフになるのが、周りに降り注ぐコンフェッティの眩しいくらいの輝き方と対比になってて、最早一つの舞台機構だった。あのキラキラした光の真ん中で真っ暗になった目を閉じて、彼は望まない眠りに就くのかなぁ。

今日はスウィーツとシドニー『ベイブ』って呼ぶところが結構あった。あれによって3人の距離感というか親密さを感じさせられて、前回よりもベイビーが蚊帳の外って印象が薄くなったなって感じた。だからこそ余計に、ラストの混乱から外れていつも通り酒飲んで煙草ふかしてる姿が異様なのだけど。

注視してみるとミッキーって結構迂闊なところがある描写が見受けられる。ジョニーがアトランティックを出たのが11時で電話が8時なのに「5時間か」って言ってるあれは、二幕の展開を示唆してる/ミッキーの詰めの甘さを表してるのかなと。シドニーは11、12…って数えて、9時間だよな?ってスキニーにジェスチャーで聞いてるのに、誰もミッキー本人には尋ねない。集団の長に逆らうと追い出される、という暗黙の了解とか、目に見えない父親からの抑圧を表してるのかな。実の息子にまで手を出すようなロリコン親父をスウィーツは「誰にでも公平な紳士」と呼ぶし、ラストでもミッキーに「俺たちを愛してくれてると思ってた」と言うもんね。集団の子供役を一番従順に務めているのはスウィーツなのかも。

洗面器のくだりとかも、初見の時あそこでミッキー死ぬと思ったよね、っていろんな人と話してて。死因は溺死とか毒殺とかギロチンとか色々考えられたけど、とにかく死ぬと思った。だって仲間とはいえ、命を狙われてるという状況であんな無防備な体勢とれる?あれはベイビーを追い出すという権力を行使したことによって、シドニーがミッキーを集団の長/王様/父親と認めて媚びを売っている、って意味合いにも見えるし、ミッキーは真相を知っているから実際のところ自分達が殺されるはずがないことを分かってるという自白とも見える。そういう迂闊さに親近感があるから、ミッキーはスキニーを贔屓するのかなって。

前回も思ったんだけど、ビュイックってミッキーの車なのかな?でもジョニー売ったお金は手に入れてないから「俺の全て、何もかも掠め取られた!」なのかな。あの言葉自体がブラフの可能性もあるけど、お金手に入れる前に買えるような蓄えはなさそうだし。向こうの地理には詳しくないけど、交通手段の話がバスや電車ばかりで、自前の車の話が出ないのは町から出ないタイプの田舎なのかなと思ってて、慣れない不相応なものを買ったから鍵つけっぱなしにして停めてあったってことなのかと。車種自体はアメリカかぶれ、みたいな意味合いだと思うけど、手に入れた恩恵によって破滅を導いた、みたいな皮肉的展開というのも面白いかなって思った。

一幕ラストでミッキーと相対してるベイビーを初めて見れたけど、あの目を見るとやっぱり全部知ってるんだろうなって思うんだよね。鍵預けられてて、ロスのことも知ってて、となるとベイビーが父親経由でロスと知り合ってた可能性もあるんじゃないかという気がする。というか電話したのベイビーだったりしない?しないか。でもロリコン親父同士だし、虐待に加担してたとかはありえそう。地獄か。

「出ていけ!」って言われるくだり、その前のミッキーにカトラスを突き付けたところの表情がとても興味深かった。周りから「不可解なもの」として見られているベイビーが、唯一他者をそのようなものとして見た瞬間があそこにあった。驚いているような、怖がっているような、理解出来ないと言っているような顔。その顔のまま、ミッキーの宣告を受けてクラブから出ていく。てっきり追い出されることについて何らかの感情を抱いていたのかと思っていたけど、そうではなかった。あれは何を思っていたんだろう。死を怖がらない、あるいはベイビーを恐れないミッキーに対して、彼は一体なにを見たんだろう。

牛の話は結局やっぱり牛じゃない気がしてるんだけど、じゃあなにかと問われてもイマイチ答えが定まらないんだなぁ。性的虐待の暗喩、防衛本能の閾値越えによる感情麻痺、共同経営者の顛末でありエズラの顛末が因果応報であるという意味、牛も人も殺すって点では同じだったっていう話。うーん。

「殺されるんだ」って台詞の響き方が凄かったんだけど、マチソワどうこうじゃない、ベイビーの疲れみたいなものが見えてうーーーーーーーわってなった。先週よりも声の張りどころとか声色の変え方に演技意図が見えて良かった。全体的に凄む声の低さ/太さにインパクトが生まれるようになってて、でもだからこそ一番震えるのって高音歌ってるとこなんだよね。細くて甘い声。「スパンコールって好きなんだ」の言い方も妙に明るいというかハイになってて、初回の時のかわいい顔の下にいかつい身体ついてる、って印象にお芝居によって立ち戻ってる感じがした。実際のところご本人の体は締まってるし頬はやつれてるんだけど、それを圧の緩急でカバーしてる感じ。

目のハイライト、オンオフするポイント変えてない?そんなこと出来るものなの?でも意識してるんだもんね?そうかぁできるのかぁ。一幕でミッキー煽るところでめちゃくちゃハイライト入るようになってて、二幕でクラブに戻ってきた後は一幕でハイライト入ってた角度で見てもオフになってる、という訳の分からないものを見せられていた。そんな演技プラン変更聞いたことないですよ……初めて見る角度からの観劇だったから、前からそうだったのかなー難しいなーって思ったけど、知人に話聞く限りやっぱり日によって違ってるみたいです。その場の雰囲気である程度変えてて、固定化はしてないんだろうなぁ。通い甲斐のある推しさんですね( ◜◡◝ )

この作品、劇的な出来事が起きない(板の下の日常の延長で起こりうることしか起きない)と思ってるから、やっぱりラストはハッピーエンドじゃないな、というのが私の最終的な印象でした。エズラが死ぬのも、ロスを殺すのも、スキニーを殺すのも、アッパーダウンをいったりきたりするベイビーの生活の地続きのところで起きてること。1度経験してしまった時点で、ベイビーにとってはあのクラブから出ていくことも特別なことではなくなってしまったんだと思う。歳を重ねると時間の流れが早く感じるのは初めて経験することが減るからだ、って言われるけど、そうやって特別な出来事がまた1つ無くなったことがベイビーが大人になっているということなんだろうなぁ。今何時?って色んな人が聞くけど、あれもそういう意味なのかなって。そんな感じで私のMOJO観劇はおーしまい。DVD出るといいなぁ〜アンケートよろしくお願いします!

 

 

2016年観劇まとめ

この界隈に来てから恐ろしすぎてやったことなかったんですが、大晦日ですし自戒の意味も込めて可視化してみようかと思います。こわいよー。

 

 

 

【1月】
/2   AZUMI NEW YEAR PARTY
/3   AZUMI〜
/4   AZUMI〜
/11 ミュージカル薄桜鬼新選組奇譚
/16 舞音-MANON-/GOLDEN JAZZ
/23 ロボロボ昼夜

他現場:cali≠gari主催、LM.C

 


【2月】
/4   終わりのセラフTheMusical
/5   セラフ
/6   セラフ昼夜
/7   セラフ昼夜
/8   セラフ
/9   セラフ昼夜
/10 セラフ
/11 セラフ昼夜(千秋楽)
/20 刀舞鬼夜
/21 刀舞鬼夜
/25 刀舞鬼
/28 刀舞鬼(SP公演)

 


【3月】
/5   パラノイアサーカス夜
/6   パラノイアサーカス(千秋楽)
/26 劇団白虎
/27 劇団白虎

他現場:MAD、HeaRt

 


【4月】
/2 Ever Green Entertainment Show vol.5

他現場:ジュウオウジャーショー

 


【5月】
/12 逢いたくて…昼
/14 早乙女友貴 20th Anniversary Event vol.1昼夜
/28 劇団舞姫昼夜

他現場:Loop開き

 


【6月】
/4   曇天に笑う
/23 新・幕末純情伝
/25 KABUKI DROP上映会
/26 ME AND MY GIRL
/28 純情伝

 


【7月】
/1   純情伝
/2   純情伝夜
/3   純情伝夜(銀劇千秋楽)
/7   僕とあいつの関ヶ原
/10 純情伝(命日公演)
/13 CLUB SLAZY-Another World-
/17 純情伝(紀伊國屋千秋楽)
/24 純情伝夜(梅芸大千秋楽)
/28 三人どころじゃない吉三

 


【8月】
/13 テノヒラサイズの人生大車輪おやつ夜
/17 天球儀、橘菊太郎劇団夜

他現場:南の島に雪が降る上映会

 


【9月】
/1   瞑るおおかみ黒き鴨
/3   つむ鴨昼夜
/4   つむ鴨夜
/6   つむ鴨夜
/8   つむ鴨夜
/10 つむ鴨昼夜
/11 つむ鴨昼夜(銀劇千秋楽)
/19 つむ鴨昼夜
/22 つむ鴨昼夜(北九州大千秋楽)

 


【10月】
/6   露出狂
/14 早乙女友貴 20th Anniversary Event vol.2
/15 ゆっ大衆昼夜
/16 ゆっ大衆昼夜
/17 ゆっ大衆昼夜
/18 ゆっ大衆昼夜
/19 ゆっ大衆(千秋楽)
/22 墓場女子高生昼

 


【11月】
/11 あずみ戦国編
/12 あずみ夜
/13 あずみ
/19 あずみ夜
/20 あずみ
/26 あずみ昼夜
/27 あずみ昼夜(千秋楽)
/30 メトロポリス(千秋楽)

他現場:たいちさんFCイベ夜

 


【12月】
/1   戦闘改造学園Z
/3   サイガク昼夜
/4   サイガク昼夜(千秋楽)
/8   CLUB SLAZY The final invitation 〜Garnet〜
/23 Endorphin昼
/24 橘菊太郎劇団昼
/25 パタリロ!(千秋楽)

他現場:京都ツアー、カレンダーイベ

 

 

 

観劇といいつつイベントとかライブとかもろもろ現場トータル106本。バンギャル時代に年間100本超えた時よりとてもお金がかかっているなぁというきもち。

思っていた以上に作品数見てないなぁという感覚ですが、多分DVDとかで見た作品数が結構あったりするからかなぁ。あと微妙に半券と手帳のメモが抜けてる気もする。

とりあえず2017年の目標は手帳にきっちり予定を書き込むことかなぁと思います( 'ω' )よいお年を!

『あずみ〜戦国編』感想まとめその3

すっかり放置してたというか、翌週に別作品の千秋楽とかいう訳の分からないスケジュールを推しさん共々こなしていたら触る余裕がなかった美女丸定点まとめ3週目。いつものことながら、日を重ねるごとに独自解釈遊びに耽っていくおたくは楽しそうだなぁと思います。

 

 

 

 

 

【11/25】
今日初めて美女丸の右目がお久しぶり登場のアイテープだったのを確認してしまいました( 'ω' )つむ鴨山川は日によって違ってたので、やっぱり美女丸のビジュアルにはこだわってるんだなぁ……カテコの下駄履き替えもあってびっくりしました。もうないものかと思っていたきまぐれお着替え。

20日にちょっと感じた対4人殺陣、やっぱり手加減してなかったというか誰が相手でもしっかり振り下ろしていて、どんどん見映えに拍車がかかってるなぁ速いなぁとしみじみしてしまいました。そして元気\ポンッポンッ/

大阪城で、待ってるよ」の階段上がっていく前にあずみとうきはに向かってにっこり口角上げて笑う美女丸さんかわいくて困る。あまぎへの「あの子みたいにね」もひゅうがへの「アンタ♡」も伏し目がちになった時の美しさを堪能できる下手席は素晴らしいなぁと思ってたんだけど、あの笑う顔だけは『かわいい』って言葉の方が合っていて、美女丸も子どもと大人の境にいるんだなぁって感じる。

「そうやって…ッ、……生きてきたんだよ、俺も、あんたもね」の息飲んだ後の言葉に今までみたいな分かりやすく泣き出しそうな感情が乗っていなくて、すごくフラットだった。それは聞いた人間に色濃く憐憫の情を抱かせるような想像を掻き立てる類の響きだったのかもしれないけど(ここの解釈違いでひとしきり論争になった)美女丸とあずみの生き方は当人達からしたら可哀想なものじゃなく、それぞれが生きてきた歩みなんだって感じがあってすごく好きだった。あらゆる台詞回しが大仰な美女丸がぽつん、と見せるリアルな生

今日が今まで見てた中では一番男⇔女、大人⇔子どもの枠の中をふらふらしまくってるように感じられて、加えてテンションも高かったので最高だ!って感じてたんですが、人間なんだけど何者とも形容しがたい気持ち悪さ、みたいな感覚の擬人化がオダジョ美女丸なのかなぁと今更見た映画あずみを思い出してました。

今日のあずみとあまぎは前髪とサイド残して尻尾ついてる髪型がお揃いで、大阪城のシーンで並んで座ってる後ろ姿が兄妹みたいだった(*´◡` )( ´◡`*)

ひゅうが「ヤフオクでチケット買ったやつかもしれないぞ!
あずみ「それでもオレはこの人を信じるよ!うきはも…」
うきは「仕方ないな…」
あずみ「どうせうきはのファンだよきっと…( ◜◡◝ )
うきは「!?俺の命は諦めて、真っ当に生きろ!」
連日あずみにとって最前列センターブロックはうきはファンの場所で、うきはばっかり見てるし……とか言うと、あまぎひゅうがが俺のファンかもしれないだろ!配慮しろ!とか言ってるこのくだりすごい好き。

あと今日のあずみは二幕ずーっとぽろぽろ泣いてても〜〜〜〜〜〜〜〜かわいいヽ(;▽;)ノよちよちヽ(;▽;)ノってなってしまい、私はほんとうにひよこみたいな幼児のりっちゃんがすきだなぁと………

ぽろぽろぽろぽろ泣いてる赤ちゃんみたいな顔したりっちゃんの後ろに桜が咲いてたらもうほんと申し訳ないんですけど北九州思い出しちゃって、生きてみますよ!って言って………ヽ(;▽;)ノって心が飛んでいきました。 ただし桜の花びらが落ちてきた瞬間はヤイサが始まる。

 

 

 

【11/26昼】
映画あずみを見て。
すっっっっっっごいわかる!!!!!!ってなったんですけど、それは単純に似てるとかそういうことではなくて、まずそもそも早乙女友貴という役者が演じるものは絶対に浮世離れした存在にはならないんですよ。どんな深淵を前にしても、あるいはそれを己の内に抱えていても、その深みにハマって身動きが取れなくなるくらい常に地に足がついている。その中で進もうとしてる方向性の指針が原初風景として存在するオダジョ美女丸なんだなということをひしひしと感じました。

こんなに鮮烈で明確な原初風景があって、ビジュアルもそこに寄せていってるにも関わらず、芝居としては一切揺れることなく早乙女友貴の作り上げたキャラクターになっていることがすごい。役者として当たり前のことなのかもしれないけど、それでもやっぱりあの人をすごいと思う。ビジュアル作りと芝居作りがそれぞれ別ベクトルの土台で走ってるのに融合してる。なにこれすごい。

今回、美女丸を演じる上でゆっくんさんお得意のいつものバックボーン作りには少なからず原作美女丸の要素があるのだろうとは思っていたし、実際あると感じているのだけれど、あれだけ人間臭い芝居を得意とする役者がその人間の幅の中で最大限に表現を揺れ動かしながら表現しようとしている異質さの正体がこれなんだなって、オダジョ美女丸見た瞬間的すごく腑に落ちた。わーーーーーーほんとにやりたかったんだなぁ美女丸。

そんな映画視聴後、一発目の美女丸さんまさかのお化粧ギアチェンジ。左目の大きさ違ってたのでおそらく奥二重で、両目の下アイラインを黒目辺りから頬へグラデーションで伸ばすようなお化粧。右目だけ特に長くて、涙の跡みたいでした。日々ちょっとずつ違ってた目頭アイラインも完全に消失してたんですが早急に写メをいただきたい……文字では表現できない…(※昼公演後、ぜんぜん参考にならない写メがついったーにきました。違うそうじゃない)

あと今日はちゃんと確認したので確信を持って言いますが、美女丸さんの口紅青みピンクでした。もちろん赤い日もあるので、気まぐれお色直しの一環なんだと思うのですが、お芝居から受ける印象との法則性とか振り返ってみたかったなぁ。色選び自体はご本人の気まぐれだろうけど、その色を塗った自分の姿を見ることで感じる印象は客席同様に違うんじゃないかなぁなんて思ったり。たとえば今日に限って言えば、男寄り・大人寄りだったので、一見おどろおどろしい目元と赤より白塗りに馴染んで可愛らしさのあるピンクの唇、というお化粧のちぐはぐさが美女丸から受けるちぐはぐな印象をより際立たせてました。

とても文字にしづらいんですけど「ゾク!ゾク!してきちゃったァ…」って感じだったので、これが聞いてたバージョン違いかな?と思ってたらそうではないらしく。今までとは全く異なる響きがあって、うまく表現できないんだけどあそこだけ単一で別ベクトルのエクスタシーを感じた気がします。

前後の流れを完全に失念してしまいましたが、唐突な振りを受けて「殿の、好みの、絶世の、美女を、」とつっかえつっかえ喋る勘兵衛さまが可愛すぎてうっかり恋に落ちるレベルです

人変わりの術!堺正章!でどう見ても通じてないっぽかったりっちゃんは、またの名をマチャアキ!ってヒント追加されても分からず、村人に助けを求める( ◜◡◝ )チェンジ有りだぞ、というまさかの展開の後も田村正和!と振られた瞬間もう隠すこともなく堂々と村人に助け求めて教えてもらってました。あずみはかわいいなあ。

うきははレディガガ「肉のドレス( 'ω' )」→モーガン・フリーマン(だったかな?)で難易度が高すぎる人変わり。肉のドレス出てきた時点でわりとオッケーな感じがしましたが、それでもチェンジ求めて再チャレンジするうきはえらい。

今日のうきははすごく感情剥き出しで強い人物だったんだけど、そのおかげで昨日はずーっと泣いてたあずみがうきはのその強さをもらって刀を振ってるように思えて、相乗効果での映りの良さがすごかった。昨日のあずみは心は少女なのに刀を振る体は修羅で、完全に心身が乖離した強さに見えたけど、今日のあずみは周りの人たちの強さを取り込んで強くなっていくあずみだった。

うきはの台詞で初日からどうしても脚本としては間違ってないんだけど個人的好みとして好きじゃない台詞があったんだけど、今日の泣き虫なあずみを生かすために鼓舞するうきは見て初めてあの台詞が好きになれた。うきはカッコいいなぁ。

秀頼さますっごくいいよ〜〜〜〜〜〜台詞回しのバリエーションが豊富すぎて普通にいい役者だよ〜〜〜〜(今日の小園くんをほめるコーナー)

マチネ秀頼さまの一番よかったところはあずみを逃がしてやるくだりでいつもあずみのことを思い出す、って話す声が本当に柔らかくて優しくて、一幕のわがままなバカ殿然とした時には見えなかった人を慈しむ心を感じて、秀頼さまに命をくれたのはうきはに命をもらったあずみなんだなぁ…ってすごく感じました。

 

 

 

【11/26夜】
ソワレ美女丸さんはマチソワ間で寝てたそうなのでとても元気でしたね( ´◡`*)お化粧は右目のラインが更に伸びてて、ますます涙のようでした。黒い涙を流す性別不詳のサイコパス剣士、ってあまりに設定盛りすぎではないでしょうか。だいすきです。

ベースは男寄りなんだけど人を斬る瞬間に女に寄っていく感じがすごく好きで、高音はやっぱりソワレの方がよく出る印象。よくよく考えたらマチソワ日にマチネ見るのは今日が初めてでした。なぜなら私がマチネの時間に起きるのがしんどい人なので。

人を斬った時の快感が美女丸の性別を女に揺らすんだな、っていうのは今日のマチソワ共通の感想なんだけど、初日からの流れを見てると、人間の範疇を越えるギリギリをコーナリングして走り続けてるゆっくんさんの美女丸はマチネのあの瞬間(「ゾク!ゾク!してきちゃったァ…」)に感じたのはそのハンドルを取られてブレたような印象の異質さだった。と反芻。

マチネでvsあずみの時に歯を見せて笑ってたのが、ソワレはvs4人のところでも笑ってて、全体的に明日の大楽成仏へ向けての覚醒間近感がありました。

今日のソワレ秀頼さまというか小園くんの台詞がすっ飛んだことにめちゃくちゃ震えたんだけど、それはあまりに秀頼さまの感情とその停止がリンクしすぎていて、初見だったらすっ飛んだことが分からないまま速度を上げ続けていた芝居の流れがぴたり、と止まったことだけ感じられただろうなというところで。初日から芝居の速度が安定してるりっちゃんは昨日のぽろぽろ泣き続ける二幕を経てから明らかに全体の熱量が上がってきていて、勘兵衛殿やうきはの熱量はあすみのそれに呼応していて、美女丸はもう独自に覚醒前夜を迎えていて、という中で、その速度を美しくぴたりと止めるだけであんなに劇的な演出効果を生むのか、という感覚がたまらなかった。

もちろん見方によっては事故寸前というかほぼ事故だったかもだけど、日々回を重ねるごとに成長が止まらなくなっていく彼が、良くも悪くもな側面のある演出が意図するあの速度に完全に乗っているところも見せ始めていたこのタイミングで、ああいうことを起こす危うさがたまらなく好きだと思ったし、好きだと思ったことを私感としてすごく趣味が悪いな、と感じた。

未完であるものを愛おしく感じたり、完成を迎えるいつかに想いを馳せることを悪趣味だとは思わないんだけど、瞬間的に私に去来した感情は意図されず生み出された劇的演出に対してではなく、限りなく事故ギリギリをすり抜けていったなという感触に対してだったから。本当に!こいつ!この!悪趣味野郎め!(自戒

 

 

 

【11/27昼】
昨日と同じお化粧の美女丸さん(右目のラインちょっと長めだったかな?)なんかもう細かいことどうこうではなくめちゃくちゃ良くて、もう私これが千秋楽でもいい…!!!ってなってたら創さんナレ始まってほんとに千秋楽かと錯覚しました

やはり最終形態:下駄……(未遂) 登場の瞬間、下駄きたーーーーーーーー!ってテンション爆上げでしたが祭の夜から雪駄に戻ってたので未遂でした。

ゾクゾク〜は昨日のマチネと同じ感じ。昨日の効果もあって、テンションが上がってくる予兆という感じがすごく好きです。ブレーキなしのハイスピード。

「おれも、あんたもね、」って呟いた瞬間の美女丸がそのビジュアルに反してなんの飾りも誇張もない人間に見えたことがすごく美しくて、一昨日からのあずみが泣き虫な少女という明示的な人間を表していたわずかな間だけ、鏡合わせである美女丸は人間の範疇を超えて化け物になりかけていたんだなぁって感じて、この2人がほんとうにとても愛しい。

りっちゃんの尻尾はいつから消えてしまっていたのだろうヽ(;▽;)ノ一幕ラストで気づいたらなかった。秀頼さまの兜(とても色々乗ってる)からなにかが落ちたのを、爺に使命下されるときにぱっと手をついて隠して回収してハケるりっちゃんはほんとうによく舞台上を見てるなぁ、と思ってたので、もしかしたらラストの登場時にはもうなかったのかもしれない。

人変わり。ルパン三世「ふ〜じこちゃ〜ん」はなかなかのクオリティだったのに高速で死ぬあずみ( 'ω' )チェンジ求めつつ村人に「( `ω´)و グッ」って励まされてるのめっちゃ可愛かった笑 続いての出川哲郎「ヤバイヨヤバイヨ」したら影武者のくだりでひゅうがもぶっこんできてほんとうにできる子だなぁきみは!

大阪城の二郎のターンで後ろでにこにこ( ´◡`*)って感じにフツーに笑ってる勘兵衛殿というか吉田さんが可愛すぎてもうむりです。三兄弟のところで清正さまに小突かれてるときはしかめっ面してたのに!笑

 

 

 

【11/27夜】
美女丸殿、お美しくなられて……!!!(初日のお化粧に戻った)楽だけ観劇の人にとってはプレーンで、連ステしてる人にとっては逆に目新しくなってるこの感じさすがだなぁと思います。演出力というよりは自己(キャラ)プロデュース力なのだと思ってるので、本人に興味さえあればすごく2.5系と相性いいのになぁとつくづく思う。

大楽のゆっくんさん芝居、満点が何点か最早よく分かんないけどとにかく満点で、美女丸がはけた後もお芝居は続いてるのにしばらく胸がいっぱいで放心してしまいまして。よって記憶がとっても曖昧。お化粧がデフォルトに戻ってとにかくお顔はとっても綺麗だし、台詞回しのトーンは女にも男にも寄るし、高音はガンガン突き抜けてくし、日に日に近くなってたひゅうがちゃんとの距離は完全に頬擦りになってたし、あずみちゃんの手にも頬寄せるし満漢全席でした。はー楽しそうだなあ(あずみ期間中いいお芝居観る度言ってた)

毎回表情ばっかり見てたから手元の細かい仕草をオペラで捉えられたのがまさかの千秋楽だったんですが、人を斬るたび台詞回しの性別が女へ揺れる美女丸が、母として腹の子を庇いながら人を殺す子どもを赦そうとしてるように見えて。妊婦を殺すのは胎内回帰願望なのかな、と初日からぼんやり考えてた身としては回帰しようにも還る先の母を持たない最上美女丸は、自分が母になることで自らの生を肯定するし、自分と同じく修羅を宿したあずみの生も赦して死んでいくんだなぁ。美女丸とあずみは菩薩も含めて鏡合わせなんだなぁって感じたりしたおたく。

自他共に認める早乙女友貴の顔だいすきマンなので、カテコで小園くんが泣いてたらしいことに一切気付かず痛恨のミス…!!!って猛省したんですが、本当に一秒たりとも目を離したくないほど美しい顔をしている人がりっちゃん相手だと板の上でも役がすこーんと抜けるんだな、という稀有な光景を目の当たりにして多幸感に溢れるカテコでした。

スタオベで立ち上がる観客を尻目にさっさと帰ろうとするところも、えっでもまだ座長残ってるし…ってなる下手ハケ組をいいよいいよって手で袖はけさせようとするところも美女丸顔のままだったのに、結局創さんに押し戻されて真ん中に立ってたりっちゃんと目合わせた瞬間、表情がぱちんと切り替わる寸前に本当に美しい女の顔をしていて驚きました。その後すぐ小学生のゆっくんさんとえいちゃん!って感じでわちゃわちゃしてて、幻というより狐に化かされた気分でした。なんだあれ。

 

というゆっくんさんツイと

というりっちゃんツイを見て成仏の儀まで師弟なんだねぇ(*´◡` )( ´◡`*)、というお話で〆ようと思うのですが、個人的には鏡合わせの美女丸ちゃんとあずみちゃんは同じ日に違う眠りにつくんだね…という情感に浸りたいです。おわり!

 

『あずみ〜戦国編』感想まとめその2


いつも通りの推し定点まとめ書いたら予想外に感想を求めて来られてる方が多かったので、少しは真面目に書こうかなと思ったりしたあずみ期間2週目まとめ٩( 'ω' )و 基本的には美女丸定点でネタバレこみこみです

 

 

 

 

 

【11/18】

5日ぶりの美女丸さん、ちょっとお化粧変わった…?眉毛の色がダブルラインの色と一緒で、そこからノーズシャドウに繋がるから統一感出てる感じ?眉潰すの控えめにして全体の仕上がりバランス揃えると、今すっごい美人角度だ!ってなる瞬間がいっぱいあってどきどきしました。後方席座ったの初めてだったんだけど、照明の当たり方が違うのか、真っ赤なはずの口紅もちょっと青みがかったピンクに見えて全然印象違う。

一幕はかなり男側に寄ってる感じがするというか、高音控えめな感じがした。女言葉に聞こえてた台詞もあっさりめだな〜と思ってたら、あずみが刀を受けた瞬間にハッと目が覚めたように表情が変わって生き生きし始めて、そこからどんどん台詞回しが女側に寄っていったの凄かった。性別不詳、ってこういう移り変わり方でも表現できるんだなあ。

女は神聖なものなんかじゃない、と思ってるように捉えられるのは舞台も原作も共通の美女丸観なんだけど、美女丸にとっての女≒母親なので、その女のような格好で女しかなれない妊婦を殺すことに快楽を見出しているのは、母親のような女という存在への復讐心なのか自分を捨てた母親への執着の表れなのか、というところはどちらにも決めかねる感じだなあ。今日の美女丸に限って言えば、あずみを通して捨てられた子どもは生きていてもいいのかを試してるような印象さえ受けた。

でもそもそも舞台美女丸は、ゆっくんさんの大好きな自己解釈のバックボーン作りとは別のところで一つのゴールの形(オダジョ美女丸)を定めてる節も感じるので、今まで演じてきた他の役とは違ってゴールというか正答が一択じゃない感じがあるから観た日によって異なる人生観を持った美女丸なんだろうなという結論。その日の美女丸の人生はその日のうちに終わって、次に幕が上がる時には新しい美女丸が生まれてる。

「そうやって……生きてきたんだよ、俺も、あんたも」タメからの表情と声色の変化が一幕のあずみに刀受けられた瞬間と合わせてスイッチみたいになってるのすごい好きです!!!!!!!あの寂しさみたいな落ち着いた感情が出てきたのって、私が観た中だと13日の階段に突っ込んだ時が初めてだったので、ああいうアクシデントもまた振り幅広げるキッカケなのかなぁ、と思ったり。全体的に高音控えめなのは寂しかったけど、これは私が美女丸をあまりに音声特化で見すぎてる弊害です。

あまぎの最期のシーン。「怖くねぇぞ」って強がる声が震えてて、死の淵に立たされた瞬間に本当の幼さが出てくるのがすごく悲しいなぁって思った。先週観劇時はお顔の美しさに引っ張られまくって、輪からあずみが抜けると刺客の子どもたちだって忘れそうになっちゃうことが多かったんだけど、「じゃあ爺は?」のやりとりとか、むしろ4人の時だけは素直に子どもの顔をしてるんだよなぁ…

5日経ったら小園くんが普通にお芝居をしていてびっくりした。毎日観てた1周目も変化を感じたので、こんなに間があったら最早別人になっちゃうんだなぁ。元々すごくよく通る声だし、それが秀頼さまのバカ殿っぽさと合ってて私は好きだなぁと思ってたんだけど、一幕からがっつりお芝居になっててこの人見てるの楽しいな〜って感じる。兜が日々進化していくんだけど千秋楽はいっそキラキラにデコってほしい笑

うきはというか、ひろきくんのお芝居真骨頂は大阪城潜入のところだなって思いました。逆再生のところ、子どもの芝居しててなおかつ飽きてあくび→ほっぺぽりぽり、とかとにかく細かい。あずみが清正さまや秀頼さまの顔見に行くあたりとかも、刺客と子どもの表情がくるくる変わる。お話としてのスポットは別のところに当たっているのに、そこで存在感がんがん出してくるところはさすがだなぁって。

戦国編ってあずみが子どもから大人になる寸前までの時間の話なんだけど、うきはや秀頼さまは一幕から二幕にかけての時間で子どもから男になっていくんだなぁ、ということをとてつもなく今さら感じた日でした。子どもたちとそれを取り巻き、良くも悪くも影響を与える大人たちの話、ってふんわり括ると全体的に統一感のあるお話なんだよなぁ。脚本に粗がないとは言わないし、やっぱり推しの役どころがおいしいからっていう欲目もあるとは思うんだけど、2015年の観劇で一番面白くなかったのが前回の幕末編だったので、私は戦国編の方が好きだなって思います。

めも。黒い鼻緒の雪駄。先週見た草履よりちょっとヒールっぽい踵に向けて高さあるやつ。カテコも一緒。

 

 

 

【11/19夜】

今日はTRUMP初日から1年ということで、つまり私の心にゆっくんさんのお芝居が刺さってから1年という記念日に再びのブルーシアターというなんとも因果な観劇。早かったようなそうでもないような気分です。僕たちのクラン…

SNOW遊び2連発きたので遠慮なくお化粧見させてもらいますね!二重ラインなぞってるのはお芝居中もまばたきするとよく分かるんだけど、昨日は目頭の切開ラインは繋げずにちょこん、と延長してる感じに見えたかなぁ。鋭さ出す感じのライン。今日は目頭から二重ライン繋がってるのでSNOW効果なくても目が大きく見えます。口紅は真っ赤だからやっぱり昨日のは照明効果かな…?

美女丸としての一幕テンションは昨日よりも抑えめで、「俺が遊びたいのはあずみちゃんだけさ」のおざなりな感じから「初めてだよ、俺の刀を受け止めたやつは」「ゾクゾクしてきちゃった!」のどんどんテンション上がってくのも健在とはいえまだ上の段階があるな、って感じ。爺が出てきた瞬間の興醒めの早いこと早いこと。でもここ最近の出演作ではほとんど感じなかった、久々のソワレゆっくんさんだー!!!!!!!って感じのテンションでした。個人的ベストの13日以上にいい突き抜け方する随所の高音と一言発するごとに男女へゆらゆら振れる台詞回し。もうとにかく最高に最高で二幕への期待感煽られまくり。\ポンッポンッ/ 私はゆっくんさんの高音推しなので、乱高下しまくる台詞回しはもう昨日欲しかったものが全部あるって感じすきだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜

二幕の「やろっか」が若干年始イベントの中の人の名言「えいちゃん、やろ。俺覚えたから。」を彷彿とさせる雑さで不覚にもにこにこしてしまいました。ひゅうがちゃんや爺の相手してると全然楽しそうじゃないんだよなぁ。やっぱり美女丸さんは女斬るのが好きなのかなぁ。

「ひとりぼっちになっちゃったァ!」の煽りからテンション上がりまくってく美女丸と、「オレはあんたとは違う!」って静かな怒りを燃やすあずみがまったく別々の生き物であるように見える対比の直後に「そうやって生きて…!生きてきたんだよ」でふと刀身に映る自分の顔を見て、ハッと目が覚めたような表情で自分もあずみも同じだと語る美女丸が………ほんと、ほんともうこの人………………ソワレ収録してください………………(マチソワ収録日)

うきはのお芝居はあずみとのパワーバランスがどんどん良くなってくるなぁって思った。例外枠の美女丸以外はキャラらしいキャラを明示的に確立されていない作品なので、2.5っぽいというかキャラクターを形作るタイプの最近のひろきくんのお芝居は浮いてしまってたんだなぁというのを、お芝居が変わってきたからこそ感じる。あずみと同じ子どもの立ち位置からほんの少しだけ早く大人になるうきはカッコよくてキレイだなぁ。

なちとうきは。原作で瓜二つという描写があるのでひろきくんが二役なんだけど、この2人の差はなんだろうねぇというところを考えたときに浮かんできたのが、子どもと大人ってことかなぁと。刺客として使命を果たす、というあずみと同じ夢を持つ子どものままのなちと、あずみを守るためにその力を使ううきは。しかもうきはの夢はあずみと同じように育てられてきたにも関わらず自らが考えて掲げた夢で、ひとりぼっちになってどう生きていけばいいのか分からないままのあずみにとっては、ラストを迎えても未だ届くことのない大人のステージにいる存在なのかなぁって。

うきはが死んだ後のあずみの殺陣がMAXスピードになるのすっごい好きです。今日ほんとに目が追いつかなくなるかと思うほど速くて、りっちゃんのタイプがどんどん師匠(ゆっくんさん)に近づいていく……って思ってしまった。女の子があんな速度の殺陣を出来るということは大変なことだと思います。#小園くんにはグーパンで勝てる気がする

今日すごい間近で秀頼さまを見たんだけど、ちょっと不可解なほどお肌がつるつるで、ビジュアルとしては完全にアイドル枠だなあとしみじみ思いました。内側から発光している美しい肌だ………あずみと並ぶとつるつるきらきらで眩しい………

そういえば13日にテレコになった「ひとりぼっち同士じゃな」「ずっと一緒にいてやるよ」はすっかり「ずっと一緒じゃな」「ひとりぼっち同士だもんな」に変わってしまいましたね。別エントリにも書いた通り、ほんと台詞にこだわりないから訂正されずにきちゃってるんだろうな………と思いつつ、あずみからうきはへ贈られかけた「ずっと一緒だぞ」のゆびきりを引き離してしまった秀頼さまから贈られることの悲しさ…って、おたくはおたくらしく深読みして受け取っておくことにします。個人的には美女丸に煽られた「ひとりぼっち」が刺さり続けたまま生きていくあずみで感傷に浸ります。

昨日観たときから創さんの間の取り方とか細かい台詞回しが変わったなぁって感じていて、今日は更に感じた。すごくすごく語弊がある言い方をするんだけど、TRUMPから今まで見てきた創さんのお芝居って名前のあるモブというか、どこまでいってもどんな役でも久保田創の言い回し、ってイメージが強くて。それは演出家の好む演技プランに則ってるから、とも言えるし、そういうお芝居でも自然に存在してるのはある意味で役に自らを昇華させるのが上手い人なんだと思うんだけど、今回の清正さまは役とかキャラクターを全うして板の上に生きてるって感じる。たとえ史実にそぐわなくても生き様が好きだなあって思うし、創さんのお芝居でこのタイプが観られるのも嬉しいなぁ。

 

 

 

【11/20】

今日の美女丸殺陣、なんか速くないですか………?いや相変わらず定点止められなくて全景確認できなかったんですけど、うきはやあまぎ相手でもあずみ相手と同じくらいの速度で刀振り下ろしてる気がしました。

男と女揺れより大人と子ども揺れの激しい本日の美女丸さん。人を殺す快感を語る口調は嬉々としていて、「そんなのあんたの勝手な理想だろ」って達観しているような言葉も大人なんじゃなく、子どもが幼くして現実の仕組みを知って受け入れてる感じがした。一幕はあずみも美女丸もうきはも皆タイプの違う子ども。「あずみちゃん、今度は刀を持って出ておいで」同い年に声かけるみたいな感じがして、今までずーっとあずみやうきはより美女丸の方が少し年上に見えてたからびっくりした。

猿の茶番くだりでも、うきはに向けた視線を外さないまま笑ってる美女丸すごい楽しそう美しい。うきはも視線逸らさないから実は緊迫感続いてる2人のこの細かいお芝居や表情が下手の端っこの方からじゃないと見えない。とても惜しい。

「楽しませてもらうよ」と言いつつめちゃめちゃ気だるげで眠そうな美女丸。からのあずみが刀受け止めた瞬間の目が覚めたような表情が〜〜〜〜〜〜〜〜すき。「次は誰を殺そうかなぁ?……あんた」とか、とにかく台詞回しが子どもみたいなおざなり感があって、なんかすごく原作美女丸の得体の知れない無垢で無知だからこその子どもの怖さを思い出した。舞台美女丸に、あずみと同じで男とか女とかまだ区別のつかない時期の子どもみたい、って感じたの初めて。

二幕、舌舐めずり乱発されすぎて頭ぱーんしました。口紅でそれズルいですってば…!!!!!!!「つっまんないもんねぇ」「どっちもはずれ!」の幼い子どもの容赦なさすごい。ひゅうがちゃんも爺も可哀想。でも一番すごかったのは「ひとりぼっちになっちゃったー!」あずみを指差してたんですよ。めっちゃ子ども。体は大人なのに中身がある一定時期の子どもから成長を止めてしまった感じ。あずみの言う自分が壊れてしまう、ってこういうことなのかなぁ。

「そうやって生きて…ッ!生きてきたんだよ……おれも、あんたもね…」刀身に映る自分の顔を見て呼吸の止まる音が、完全に聞こえました。ずっと壊れた大人の子どもだった美女丸が、ほんとうにあずみと同じ子どもの顔を見せたのがあの表情なのかもしれないなぁ。ここ、どんどんお芝居盛られていくので千秋楽こわいです。

あずみの泣きがすごかった、とか秀頼さまのお芝居がちゃんと相手の言葉に呼応するようになってた、とか色々あったはずなんですが、この日のハシゴ先で色々と不意打ちめった斬りにされたので美女丸以外の記憶が消し飛びました。無念。ちなみに19・20日ともに18日と同じ雪駄だったはず。下駄お色直しどこいきましたか。

 

【閑話休題〜パンフから読み取る演出と脚本改訂】

 

私は舞台に物語を観に行ってるタイプなので、誰が脚本を書いたのか、その人は自分と趣味が合うのか合わないのか?っていうのがすごく気になるんだけど、夕陽伝の一件といいどうにもスタンスそのものが食い違ってる気がするんだよなーと思ってたら、パンフに近い話が上がってたので。

 

 

パンフ読んで、今までの夕陽伝のアレとか脚本表記のないソレとか諸々合わない理由がわかった気がした。今回は前回より脚本いい気がするな〜と思ったんだけど、たぶんベース脚本からの改編が言語センスのなさによって減点方式で転がっていくから、その度合いによって受ける印象の良し悪しが決まるんだ。

私は小説を読むように舞台を楽しむタイプなので、台詞とか物語が印象的であったり面白かったと感じない作品を好きにはならないし、それがどんなにいい芝居をする役者さんが数多く出ていたとしても好きには転じない。ここは単純に観客としての好みの違いとかスタンスの違いだから、観客目線で改編してるなら今まで通りああ趣味が合わないんだな〜で済むんだけど、夕陽伝のなにがダメだったかって、言葉にこだわりのない人が名義の出てる脚本家の戯曲に意図や意味を汲み取らずに手を加えた、ってことだったんだと思う。

いくらツイッターが140字とはいえ、ほんといつ見ても絶望的に言葉選び下手だしセンス皆無だし、まぁ人に読ませようっていう意図はないそうだし、言葉が商売道具の脚本家でもないからいっか〜って思ってたけど、そういう人が手を加えるということは評価されるべき作品としての脚本を殺してると思うし、殺してる自覚あるからこそ、ほとんど脚本家の名前が表に出てこないんだろうなと思った。

観客側も台詞とか物語にこだわらない、というかそれ以外のものを重視する人もいるから、私はこういう理由でこの人とは趣味が合わなくて好きじゃないんだ〜という言語化ができてスッキリ。ただ1つツッコみたいのは、光景に拘ってるならその光景が半分も伝わらないブルーシアターや紀伊國屋で公演やるの合ってないと思う。

箱を押さえる権限や事情は演出家とは別のところにあるのは分かるけど、ブルーシアターも紀伊國屋も初めてやる箱じゃないんだから、もう少し多方面からの見え方に考慮した光景作りした方がいいんじゃないかな……まぁ今更言って変わるようなお歳でもないだろうし、元々そういう柔軟さを持ち合わせてるタイプでもないと思うけど……こだわりと謳う仕事がお粗末なのはかなしいことだなあ。

 

それでも個人的には戦国編の方が好きですよあずみ٩( 'ω' )و 台本買うのどうしよっかなーと思ってるんだけど、趣味合わないの分かってるからなんでここ変えた!?って憤慨しそう( ◜◡◝ )というメモ。

『あずみ〜戦国編』感想まとめその1


日々あれだけ演出家と趣味が合わない!と言っておきながらまとめエントリを作っているということは、チケット増やすくらいには満足しているし面白かったということです٩( 'ω' )وれっつご

 

 

 

 

【11/11】

かわいい顔してても実は振り切れたゲテモノ、みたいな役が見たいという私の欲と、ゆっくんさん本人のご本尊崇拝と、一人の人間の生きる姿を描く役者力とが奇跡のバランスで介在する最上美女丸とてもよかった

こだわりの桂もとい鬘ですが、正面より背面の方が出来の良さがよく伝わる仕上がりだなぁという感じ。漫画の美女丸のあの、良いものは着てるんだけど身なりが整っているわけではないことを表すタッチが完全に再現されてて、うわこれすっごいお金かかってるやつだ…!ってなりました。鬘のおかげで見覚えあるお着物でも背面のテンションの上がり方ハンパなかったです。

しょーじき動いてるの見るまでは、なんとも判断しがたいけどこの類似記号だけでらんべさんと言うのはあまりにたいちさんに失礼なのでは……あれは鬘と衣装とお化粧のバランスが一枚の絵画のようにうんたらかんたら(「・ω・)「って思ってて。実際動いてるのを見るとやっぱり舞台映えをとったかわりに写真映えは4割減かなぁというのが私の感想でした。なのでゲネ写真で美女丸いい!と思った方はめっちゃ期待してよいです。

逆にゲネ写真がピンとこなかった方は心して挑んだ方がいいです。今のゆっくんさんが出してくるお芝居にビジュアルという方法論乗せるととんでもないことになる、ってつむ鴨初日の西南戦争のターンであんなに思い知ったじゃない…!!!ってなる。足元にお気をつけてお帰りくださいね(ノ・ω・ヾ)帰り道転んだ民草より

とにかく初日見るまではなんとも言えないけどでも動いてるの見るまでは事前ビジュの方がいいな〜〜〜でもゆっくんさんのこのお化粧は舞台映えするやつだからな〜〜〜〜〜(具体的には眉毛)って思ってたんですけど、あのお芝居が乗るならあのビジュアルで正解だなとほんとに思う。

ゆっくんさんの希少な語彙の中から選ばれた『変態』というワードから、私は美女丸って終始ゲテモノ感に溢れているのかと思っていて、それだったらちょっと幼ささえ感じられるようなビジュアルでギャップほしいな〜って思ってたんだけど、早乙女友貴は常に最高の見せ場に照準当ててエンジンかけてくタイプなのを忘れてました!反省!

早乙女友貴という役者の美しさはビジュアルではなく、お芝居に宿る魂の在り方なのだと割と真面目に思ってるからこそビジュアルと役柄にはギャップがあった方が断然いいと思ってて、それをお芝居一つで表現されたのがそれこそゾクゾクしたなぁ。ラスト手前の一気に燃え上がった瞬間最高だったし、あの長さのお芝居でさえあのレベルのカタルシスを生み出せる役者さんなんだなぁって、初めて感じた。

身近に妄執の如く早乙女友貴の最上美女丸を待望してた人がいることもあって、もちろん期待もしてたし楽しみではあったんだけど、直近の役が私の中では唯一無二の今年ナンバーワン案件山川浩だったしゲネ写真上がってくるより先につむ鴨インタビューきちゃうしで、いくらオタク殺し要素山盛りの役といえど満足できるのかな…?って不安も同じくらいあったから本当にお芝居で新しいもの見せてもらえたのが嬉しかったー!

見たことあるお着物、見たことあるお化粧、見たことある表情から見たことない声と芝居が出てきたことがとんでもなく衝撃で、あーーーーーこれで無事に年越せるなーーーーーって安心できました٩( 'ω' )و つむ鴨山川からゆっくんさんを知って過去作品とか見ずにあずみ来る人いいなぁ絶対楽しいよなぁこんな役者絶対好きになるに決まってるよなぁってしみじみ思った初日。

いい意味で川栄李奈のままあずみになれるりっちゃん座長だからこそ、3回目のカテコでテンパって思わず仲良しのゆっくんさんに助けを求めた結果、普段カテコで役が落ちることのないゆっくんさんが素の顔に戻ってぎこちなくとりあえず挨拶?する?って2人で顔見合わせながらお辞儀してたのが最高に可愛いすぎましたありがとう座長。

もう今日何度言ったか分かんないけど、りっちゃんは本当に子どもとしての在り方が最高にかわいいしその在り方がそのままあずみだしもーーーーーーーーーーかわいい!!!かわいい!!!って終始にこにこしてしまった。

去年も割とそんな感じだった記憶なんだけど、今回本当にあずみ出てるシーンはひたすらりっちゃん……りっちゃんかわいい……_:(´ཀ`」∠):_ってなってて、殺陣の切れ味も速度も増してるしお芝居もとんでもなく良いのに、去年以上にいい意味で子どもで、もうあれは私の大好きなタイプなのでだめです完全に。りっちゃん好き。

ビジュアルにもある通り「次は誰を斬ればいい?」はあずみの台詞なのに、登場時の美女丸が「俺は誰を斬ればいいんだい?」って言うのとか色々考えてあずみと美女丸は鏡合わせなんだなぁ、ということをしみじみ思ったし、りっちゃんと鏡合わせになれるのはこのキャストの中で間違いなくゆっくんさんだけだなぁと思ったので、りっちゃんファンの男性陣から美女丸いい!って声が挙がってたという話ににこにこしてる٩( 'ω' )و

ひろきくんは清家さんの殺陣とはあんまり合わないタイプなのかなーという初日印象。ひでよくさんは逆につむ鴨であまり刀の殺陣はお得意じゃないのかな?って感じた印象が信じられないくらい良かったので、合う/合わないあるのかもしれない。何度見ても大好きなりっちゃんの殺陣も基礎は清家さんなんだけど、あの子は早乙女流に弟子入りしてるからなぁ…( ◜◡◝ )

しかしあんなに丁寧に美女丸している人が『変態』のひとことであの役をぶった切るのは露出狂アフトかっちゃんの比留はサークラ発言と同じくらいそうなんだけど!!!!そうじゃないじゃん!?!?ってなるやつだなぁと思いつつ明日も楽しみでーす

 

 

 

【11/12夜】

やっぱり一幕の美女丸に限って言うと『変態』には見えないんだよなぁ。去年の壮太より限られた道しかない人生を割り切った上で、むしろ謳歌してる人なんだなぁって感じる。自分の生き方を肯定できるのは自分しかいないんだから、って感じ。あと、あずみに「生きろ」「己が心の望むままに剣を奮え」って言うのは勘兵衛さまも美女丸も同じなんだよなぁ。

元々ゆっくんさんの声すごく好きなんですけど、美女丸の「しィびれるようなァ、快感がァァ!!!」がいい感じの脳内麻薬になってて終始にこにこする。もうひたすらに音が気持ち良すぎて思考が溶ける。とにかく本当に色んなものが突き抜けすぎてて、殺陣が〜お芝居が〜とかよりとにかくゆっくんさんご本人が誰より思い入れて同化している最上美女丸を見てほしい、みたいな気持ちになってきた2日目です。なんかもうすっごいんだよ色々と

爺に「おて!」されて喉ごろごろする柴犬あずみのかわいさよ…(*´◡` )( ´◡`*)りっちゃんのあずみは本当にまだ男女の判別ができないひよこのような子どもで最高にかわいい

初日より芝居の間がよくなったというか、全体が人が死んだあとのテンポ感に合ってきた感じがして、確かにあずみの主観でのみ進む物語感は出てきたなぁと思った。ひろきくんの殺陣も速度上がってきてて、なんとなくあずみの勢いに似てきたような印象。やっぱり刺激されてるのかなぁいいことだなぁ。

ひろきくんも小園くんもひでよくさんも皆悪くないどころかどんどん良くなってるんだけど、美女丸がチートレベルのインパクトだから客席の印象かっさらってるんだよなあ多分。間違いなく全日程の客席にいる誰より最上美女丸に思い入れてる人が演じてるからそのアドバンテージには誰も勝てないよな〜って思う。映画公開が2003年だから下手したら10年以上前からやりたい!って思ってたんですかねゆっくんさん…

カーテンコールで機材トラブルにより緞帳上がらなくなってキャストが一旦はけた後、前に出て!って声が聞こえたって話と創さんのリプライ総合すると幕の前で挨拶するのは下手側はゆっくんさんが先陣を切ったようなんだけど、そういう指示があったのかと思うほど堂々と颯爽と出てきた姿が綺麗でかっこよくて。上手側は黒川さん先導で、遅れてりっちゃんたちメイン組が出てきたので、ほんとにスタッフ判断じゃなかったんだろうなぁ。本当にアクシデントに強い人だなぁと思ったし、そんな人が初日にりっちゃんにアイコンタクトでヘルプ求められたことに一瞬戸惑ってたのめっちゃ尊いなって感じます。アクシデントにはわはわしながら挨拶するりっちゃんの言葉に反応して笑った顔は苦笑混じりだけど美女丸でも素のゆっくんさんでもなくて、あれはたぶん役者早乙女友貴の佇まいだったんだなぁと振り返ってしみじみ。

 

 

 

【11/13】

実は観劇予定じゃなかったんですけど、今日の美女丸さん一幕からフルスロットルで最高です!初日はビジュアルから想像するほどゲテモノ感の出てこない一幕から思いっきりアクセル踏み込んでくる二幕、って盛り上げ方さすがだな〜と思ってたんだけど、今日は一幕の「ゾクゾクしてきちゃったァ♡」がすでに振り切れてて客席の誰よりも本人が一番楽しそうだなって思ってにこにこします。私たちも楽しい。ボルテージ上がりすぎてたのか、あずみに斬られて階段奥に突っ込んでいったのだいぶヒヤッとしたけど這い蹲るのもとてもよかったです。

どこまでボルテージが上がっていっても美女丸が生きた人間の領域を出ることは決してなくて、それが私が美女丸にはらんべさんを感じない一番の理由かなーというようなことを話していた(ノ・ω・ヾ)煮詰まりきったような闇もその果ての純真さも人間でしかないんだよなあ

舞台始まる前から原作のエピソードとはかけ離れてるよ、って教えてもらっていたとはいえ、「返り血に染まってほんとにキレイ」って言う舞台美女丸は自分の血の色が今まで斬ってきた妊婦や母上と同じだって知ってるんだなぁ。原作美女丸は美しいものときたないもの両方に妄執があった結果ああいう出で立ちになったのかなと原作読んだときに思った気がするんだけど、舞台美女丸は過去の飢えの経験から男も女も大人も子どもも全部全部飲み込んでいく渇望の結果としてああなったのかもしれないなぁ。

生まれは変えられないけど生き方は自らの意思で変えられる、があずみにも美女丸にも秀頼にも共通してるテーマだから美女丸をかわいそうだとは思わないんだけど、「あんたもオレと同じだよ」って何度も何度も言う美女丸もあずみのように自分は一人じゃないと思いたかったのかなぁと考えたりもするんだけど、本当にあずみが美女丸と同じだったら美女丸の言う遊びには終わりが来るけどどちらが死ぬか分からないからこそ最高の快感だし、言葉通り生きてるって感じるんだろうなぁって結論に落ち着く。

3日目になってひろきくんのお芝居がさらに良くなってるというか、あの人が公演期間中に目に見えて変わってくるのを見るのが初めてでちょっとびっくりしたんだけど、うきはがしっかりハマってきた気がする。あずみと同じ境遇で育ってきた子なんだな、っていうのをすごく感じる。初演が10年前とはいえ、ひろきくんが本役じゃないってこと自体がすごく珍しいし、続投のあずみと映画版見た時から憧れてた美女丸、ってアドバンテージのある2人に急速に迫ってる感じがするし久々にガツガツしたひろきくん見れてる感じがして好きだなぁ。

りっちゃんは完成度高いところから徐々に上がってくるタイプだけど、やっぱり相手ありきでその速度変わるタイプだからほんと早乙女流のお弟子さんだね、という気持ち( ◜◡◝ )あずみと美女丸ダブルで千秋楽ブーストかかったら私たち死ぬのではないだろうか

そういえば今日の小園くんラストシーンでセリフがあずみとテレコになったり噛んだりしてたんだけど、単純に間違えたというより化け始めてる芝居に頭と体が追い付いてない感じがしてすっごい震えた。うきはやあずみと同じように子どもだった顔が、本当に総大将になってたんだよなぁ今日。お芝居の完成度と役者の成長という話はそれなりに若かったり経験の浅い役者さん見る上ではついて回る議題だとは思うけど、私は初日の感じも思ってたより全然悪くなくていいなぁと感じたから上がっていくさまを見るのは楽しいなぁ。

あと、知人に言われて確認したら本編美女丸の足元草履になってましたね!!!たしか初日は二枚歯ではないものの黒い鼻緒の下駄で、まぁその方がビジュアルは良いけどほんとに下駄でやるのかこの人……って思ったから下駄だったはず。カテコで履き替えるのかな?って思ったらカテコは赤い鼻緒の黒褐色の下駄でした美女丸さんおしゃれ〜〜〜〜〜